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2011.03.15 螺旋の邂逅。


少しずつ、日常が取り戻されてきつつあります。
ひたすら続く揺れ。
テレビに映る映像はまるで映画。
これは現実?
それとも、夢?

あまりにも残酷なこの現実に、
幸せって何だろうってずっと考えてます。
私は今、不幸なのだろうか。
少なくとも、私は被災者ではない。
ならば幸福なのだろうか。


『幸福人とは過去の自分の生涯から満足だけを記憶している人々であり、
不幸人とはそれの反対を記憶している人々である。』(萩原朔太郎)



この言葉は”今”という現実にはそぐわないでしょう。
けれど。
幸福・不幸を記憶として捉えるならば、
今はじっと耐えるときなんだろうなと思う。
答えは急いではだめ。


とりあえず、M9.0という信じられない現実を目の当たりにして、
「あ、死というものはいつでも隣り合わせにあるものなのだ」と実感しました。
生は永遠ではないんですね。
当たり前のことが、当たり前でなくなっていました。
『どのみち死なねばならぬなら、私は、なっとくして死にたいのだ』と語ったのは梅崎春生。
私もかくありたいと思う。
生きていることが当たり前になりすぎていて、
恐怖という感覚を覚えるのに時間がかかってしまった。
生に鈍感になってる。
恐ろしかったけれど、少し、今後の人生のプラスになった数日間でした。


また、私の実家は震度6を観測した所にあるので、
地震当日は全く実家と連絡が取れずに生きた心地のしない時間を過ごしました。
また、宮城には高校時代の親友が住んでおり、全く連絡が取れない状況で、
食事も喉を通らず、しかし余震も続くという中で孤独という戦いにも身を投じました。
実際、2日の間に体重が6キロ落ちるという状況でした。
今は吐き気との戦いですが、少しずつ食事が取れるようになってきました。


実家にも帰りたいですが、被災地でありながらも死角の土地であることも災いして、現在物資・ガソリン共に不足している状況とのことから、独り住まいである東京でひっそりと仕事に没頭しながら過ごす毎日です。
20日頃を目安に帰省を考えていますが、実際の状況と相談して、考えてみたいと思っています。


それと同時に、次は東京大震災だ!という意味不明な恐怖。
こちらでは、みんながみんな、ありとあらゆる恐怖と格闘しています。
どうか、これ以上の災難が降り掛かることがありませんように。


祈りながら、私にできることをして行きたいと思います。



それでは。


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