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7月が来る。
嗚呼、憂鬱だ。

また私は歳をとる。
あの子は18歳のままで命を終えたのに、
私はまだ足掻くように、
目的も無いままに命をつなぎ続けて行く。


先日は友人の3回忌。
記憶は泡のように溶けて、
いつか断片でしか思い出せなくなる。

私が知っているのは別れ際の笑顔だけ。
また会えると信じて疑わなかった18歳の春。

死んだ人間は戻って来ないし、
理由さえ持たない。
だけど私は生きている。
だから理由が必要だ。


夏目を読む。
頭脳派が描く生きる目的と厭世観。
 太宰を読む。
 人間の弱さと罪の意識を確認する。
  川端を読む。
  美しい世界観に浮かぶ死への渇望。
   谷崎を読む。
   耽美的でありながら、現実を知る。 
  朔太郎を読む。
  精神崩壊の最中での人生への希望。
 芥川を読む。
 芸術と、使い果たした生への誇り。
鴎外を読む。
崇高なまでのエゴイズムと欲と罪。


何故私は文学を志したのだろう。
幼い頃から、本はいつでもそこにあった。
けれど、現代小説には心が無かった。
姿が無かった。
ただ、そこに浮かんでいるだけ。
消費するだけの文章に、
私の心は動かされる事は無かった。


漱石が嫌いだった。
中学生で読んだ『坊ちゃん』に、
理解をすることができなかった。
単なる文字の消費にすぎなかった。

けれど。
大江を読んで、気が狂うのは人間が本来感情を持っているからだと知る。
周作を読んで、純粋なままでも人間は残酷になり得る事を知る。
太宰の人間失格を読んで、理由の見いだせない罪の意識を持って生まれたのが、自分だけで無い事に安堵した。


私は文学に救い上げられて生きて来た。
その後読んだ『こころ』。
漱石自身を垣間見た。



現代小説を否定はしない。
ただ、訴える言葉が余りにも大衆的で、軽すぎて、書き手の人間的な未熟さが垣間見えてしまう感覚が嫌いなんだ。
現代小説は娯楽に過ぎない。


けれどもちろん、その中には文学になり得るものもある。
私はあらゆる現代小説を読んだ。
だから思う。

桜庭の七竃。
嶽本のシシリエンヌ。
金原のアミービック。


けれど、それが全てではない。




生きるには目的が必要だ。
生と死は等価値で、
表裏一体。


人間は不自由だ。
死の瞬間さえ選べない。
だからもがき続けるのか。


ただ、生きている理由が知りたかった。
顔も知らない弟や妹達が選べなかった生を、
どうして私には無条件に与えられてしまったのか。


絶望は知っている。
私は弱くはない。
孤独を耐える力もある。
だけど、私にはまだ、
生きている理由も目的もない。


夢で彼らが訴え続けてくる。
何故、お前だけが生きているのか。
生という甘い蜜を享受し続けているのかと。


この世界に神はいない。
自分には何も無い。
否定すべきものだけが残った。
夢は全て幻だった。
感情が壊れる音を聴いた。
幼い時分に感情を喪った。
罪はいつでも心にあった。
文字が救いだった。
その瞬間だけ感情を取り戻せた。
私は私を肯定した。
私は私を否定した。
己の世界に埋没した。
文学に没頭した。
過去を生きた文豪達に救いを求めた。
言葉は何も返ってはこなかった。
そして言葉を喪った。
心が冷たくなった。
自分本位を肯定した。
他者を拒絶した。
愛情をこの世界から否定した。
それでもバカみたいに切望した。
男に生まれたかった。
女に生まれたくなかった。
女の自分を否定した。
女である事に絶望した。
負ける事が嫌いだった。
他者への視点が冷静になった。
怒る事が嫌いだった。
感情を否定したかった。
ずっと叶わない祈りをし続けていた。
そして叶うはずがなかった。
泡と消えて行った幻を求めた。
世界はいつでも白黒だった。
斜陽の影には己の姿しかなかった。
大勢の中で独りを認識した。
他者の介在が許せなかった。
生まれ故郷を否定した。
己の血に絶望した。


私はこれからどこへ行こう?
いつでも明日はそこまで来ている。
人生って楽しいんだ。

だから私は、
たとえ惰性でも、
この人生を受け入れることを選んだ。


明日の自分と明後日の自分へ。
楽しいか?


泣いたあの日の空の色。


もういい加減頃合いだろう。
ペンを取ろう。
あの日できなかった事を実現する日はそろそろ近い。


悔しいけれど、
死んでしまいたいと思える程、
今の私は弱くない。

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